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皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 今回のブログは 僕が精神病院に入院していた時 缶コーヒーすら飲めない場所で 苦しくて苦しくてたまらなかった時の経験で 得た物失った物色んな思いが込もったお話です。 さぁ今回もやすらぎのお部屋ですよ。 どうぞよろしくお願い致します。 第92回目 『幼い頃とこれからの自分』 人生の成功者はよく言う 特に男は上へ上へと追い求めて 行かないといけない。と 人生の意味はそこにあると。 僕も昔そう自分に言い聞かせて来ました。 でも今感じるのは 人は多くを求めると 何か大切な多くを 失なってしまうような気もするんです。 僕は一か月数万円位しかお金に余裕がないので 一ヶ月マーベルで働いたお給料で 自分へのご褒美にスーパーで いつもより少し高いお肉を買ったり スターバックスの大好きなコーヒーを いつもより大きなサイズを買ってみたりして 過ごす日々がとても幸せに感じています。 なぜなら精神科の病院での入院生活の経験や 苦しかった過去の思い出が いつも僕の心の中にある 昔ね。 僕が学生時代の時に当時好きだった女性の方と 学校で数分お話ししただけで心が弾んで 嬉しかった思い出を振り返ると その時の自分はホントに純粋で愛おしく思える。 でも大人になると 正直自分の心が傷んで苦しくても 生きて行く為にやらなきゃいけない事もある。 きっともう僕には あの学生時代のトキメキも純粋な心も 大人になった自分の心が汚れてしまい 大切だった愛おしい心を 失ってしまったと感じるんです。 きっともう取り戻せない気がします。 だから大人になるってお金も稼げて そのお金で自分の好きな物を 買えるようになるけれど それと引き換えに 子供の頃の純粋な愛おしい心を 失ってしまったんじゃないかとそう思うんです。 でもね。 今僕の目の前に神様が現れて 「あなたが望むのなら」 「子供の頃に戻れるようにしてあげようか?」と 言われたらきっと僕は 「いや。」 「これからも自分の終わりが来るまで」 「大人のままで生きて行きたいです」と 言うと思います。 なぜかなぁ。。。 きっと僕は自分の生きて来た人生の道のりを 大切に思い今からでも前を向こうと 思っているからだと思います。 今更過去に戻る訳にはいかない。 例え失うものが多くても前へ進みたい 人生にゴールはないけれど 目標ならある。 一歩一歩大切にしたいと思います。 ピアサポーター さっかん
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皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 今回のブログは 大切な友人とのこれからの過ごし方を この年で真剣に考えてみました。 でもあまりにも僕が 日々の大切さを考え過ぎて 相手の人の気持ちが 苦しくなってしまうという続編も また書いてみようと思っています。 とりあえずはその前編です。 さぁ今回もやすらぎのお部屋ですよ。 どうぞよろしくお願い致します。 第91回目 『年を重ねたからこそ気付く事』 僕も若い時に 友人として自分の理想に近いと感じる 素敵な優しい人に出会うとこの人となら 上手くやっていけるんじゃないかと 強く思うと もっともっと仲良く幸せになりたくて 「こういう所を直して欲しい」とか 「この僕の気持ち分かるよね」と 寂しさからなのかその素敵な人に 自分に合う友人になって欲しいと いつも願ってしまっていました。 そしてもっともっと上の親友になって 沢山の夢を語り合ったり 僕の欠点も全て理解して 受け止めてくれる そんな風になりたくて 自分の考え方を認めてもらえるように よく相手に理解を求めていました。 でもこの年になって大切な人に 自分と合うような考え方になって欲しい という感情ではなく お互いの考え方が違って当たり前だから このままで良いんだと思えるようになれました。 『欠点があってもいい』 『考え方が少し違っていてもいい』 だって人間だもん それに一番は こんな僕なんかと日々一緒に過ごしてくれる事 人は欠点が見えると そこに執着して気にし出して 相手が嫌になってしまう それはあまり良くないのではないかと思います。 上手く言えないのですが お互いの欠点を笑い会える中になるのが 良いのではないかと そう思えるようになれました。 でも決して今の現状に満足し この先の幸せになる為の努力をしない という訳ではなく重く言うと大切な人に 自分の都合の良い人になる事を 望むのではなく お互いの思いを尊重し合い お互いの欠点を理解し合えたその中で お互いが成長していけば 良いのではないかと思うんです。 だってね。 お互いにこの世に生まれ 奇跡に出会えたあなたは 大切な大切な友人なのだから😊 ピアサポーター さっかん 皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 今回のブログは 僕が統合失調症になってしまった 最初の頃病院に入退院を繰り返して きっと夢を追う事も そして毎日が笑顔で過ごせる日々なんて もう訪れないだろうと思っていた そんな僕が今ギターも楽しく マーベルで演奏出来たり 忘れかけた『涙』や『優しさ』を 取り戻せた僕の経験をお話ししたいと思います。 このお話を読んで頂いて皆さんが 「私も頑張ろう」と思って頂けたら嬉しいです。 さぁ今回もやすらぎのお部屋ですよ。 どうぞよろしくお願い致します。 第90回目 『夢を追うという事は その夢を叶える為だけの意味ではない』 僕は学生時代に夢を持ち 高校を卒業してからすぐに 大阪の住み込みの仕事をしながら夢を追っていた でもある夜に 僕が布団に入って寝ようとしていたら 外から「お前を助ける為に宇宙からやって来た」 と声が聞こえてそうそれが幻聴の始まりでした。 そして46時中声が聞こえて 仕事が出来なくなってしまい 実家に帰り病院に行ったら 統合失調症だと診断されました。 当時は精神分裂病という病名でした。 それから地獄の始まりでした。 ギターも練習出来ず辛い辛い日々でした。 今その時の事を思い出した時 僕はもしかしたらあの18歳の時に 統合失調症になってしまった時点で もう夢は叶えられないと決まってしまっていた のではないかと思うんです。 少し前元プロ野球選手の 松坂大輔さんと清原和博さんとの 対談のYoutubeを観た時に 清原さんが松坂さんに 「いつ頃から自分は周りの選手たちと 違うなぁと感じましたか?」 という質問をされ松坂さんは 小学生の高学年頃にはもう周りと違うと そう感じていたとお話しされていました。 僕は精神の薬がホントに辛くて でも頑張ってそれも乗り越えて もう一度夢を追う事を決意して がむしゃらに練習して 27歳頃に専門学校に行きました。 あの時の僕の頭の中は 『僕にとってこれは人生のラストチャンスだ! だから夢を叶えるんだ!』と 夢中になっていた事もあり 現実にプロのギタリストなんて もうとっくになれない事に気付けなかった。 今思えばその気付けなかった事が あの時の自分にとって 幸せだったんじゃないかと思うんです。 僕の心の中はこんな感じ 僕は博打はしないけど 昔競馬でとんでもなく速い馬がいたそうで その馬の名前は『ディープインパクト』という馬 その当時馬に乗っていた騎手の方曰く 走っているというより 飛んでいるみたいだと感じるぐらい 物凄く速かったそうでおそらく当時 世界一速い馬だったとおっしゃられていました。 さらにそのディープインパクトという馬は 最初馬のセリで 何億という馬が競り落とされる中 ディープインパクトは体も小さい事もあって 数千万円で落札されて そんな馬が世界一まで上り詰めた。 僕の人生そんな奇跡を願っていた。 ディープインパクトのように。 今思えばその気持ちは 現実から遠く離れた夢物語だった。 でもね。ここからが大事。 自分を信じてプロにはなれなかったけど 充実した日々も取り戻せたし 一番良かったのは 病気を良くする力になってくれた事 プロにはなれなかったけど プロになるそれ以上に 沢山の素晴らしい方達と出会い 多くの貴重な経験が出来た事 ホントに感謝しかありません。 僕のこれからの人生音楽を楽しむ為に 専門学校で学んだ知識を活かして もちろんギターも練習するし 素敵なギターを見付けたら 財布と相談してまた買ってみたい。 だって僕は音楽が大好きだから。 それに僕にとって音楽は 寂しさをまぎらわせてくれるし いつも自分を勇気ずけてくれる 大切な大切な恋人のような存在 だから例え人にバカにされても 音楽は続けて行きたい。 スガナミの先生や専門学校の先生方から 教わった教訓。 『自分が心の底から やりたいと思う事があるのなら 日々辛い時があっても前を向いて生きて行く』 心から憧れた人から教わった 大切な大切な恩を忘れたくないから ピアサポーター さっかん 皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 今回のブログは僕が幼い頃の 何気ない出合いが大人になった 僕の人生を支えてくれる そんなお話をしてみようと思います。 いつも前説が長いので 今回は短めにしますね。 さぁ今回もやすらぎのお部屋ですよ。 どうぞよろしくお願いいたします。 第89回目 『小さな頃のキッカケが 大人になった僕の命を助けてくれた』 僕は些細なキッカケを物凄く大事にします。 なぜそう強く思うのか それは中学1年生の時に クラスメイトの人から たまたまBOOWYのカセットテープを借りた その素敵な出合いが もう治らないと言われた病気が ここまで良くなったのもそうだし ギターを手にしてから 沢山の素晴らしい友人たちに出会えて 楽しい時間を沢山作れた事 だから今 毎日薬を飲む事は苦しいし 辛い事も多いけどそれでも 病気も昔ほどは酷くはなく 過ごせている日々が 凄く幸せに感じています。 BOOWYのカセットテープのキッカケを 僕なりの言葉に変換してみると 『自分の心の植木鉢に幸せになれる種を植えた』 みたいな感じでしょうか。 でも一つ怖いキッカケもあると思うんです。 それは僕がよく言う些細なキッカケで 辛かった過去の出来事も 思い出してしまうキッカケもありますね。 だからこそ些細なキッカケを慎重に そして大事にしたい 『言葉の使い方』 『言葉を話す声のボリューム』それに 『普段の身の振る舞い方』 気にしだしたらキリがないし 疲れてしまう時もあるけど 僕は頑張りたい だって些細なキッカケを大事にしていたら 素敵な優しい人に出会えるかもしれないし もし出会えて友人になれたなら ホントに嬉しい気持ちになれて 日々が充実して幸せになれる。 『人との出会いとキッカケ』 僕にとって大切な 奇跡に巡り会えるかもしれない 幸せへの扉を開けるような 出来事なのかもしれないですね😊 きっと人はそうやって人生の物語を 描いて作って行くのではないでしょうか😊 ピアサポーター さっかん 皆さん。
明けましておめでとうございます。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 今年最初のブログは 僕自身こういう考え方になれて ホントに良かったと思う事を 書いてみようと思います。 今年一発目にふさわしい とても前向きなお話ですので 皆さんに是非読んで頂きたいです。 それでは皆さん。 今年もどうぞよろしくお願いします。 第88回目 『言葉と時の流れ』 昔ある友人に言われた言葉が忘れられない 僕は何年も前に あるライブハウスで演奏する機会があって そこで本番に とても恥ずかしいミスをしてしまって その事が人生の コンプレックスになってしまった事を その友人にお話ししたら 「さっかんは凄いなぁ」 「精神疾患という辛い人生を乗り越えて」 「自分の目標を見付けて」 「それに向かって前に進んでいる」 「本番でミスをした?」 「そんなんプロの人でもするわ」 「俺からすると」 「そうやって活動している事自体が」 「羨ましくなっちゃうよ。。。」と 言ってくれました。 だから思うんです。 自分にとって とても辛い事であっても 人によっては 凄く幸せな事なのかもしれないですね。 今思い出すのも辛いですが 昔ある女性の方に 「さっかんは」 「悲劇のヒーローを演じているやろ!」と 言われました。 その時ホントに苦しかったけど その言葉の裏は 『さっかんは十分幸せなのだから』 『くよくよせず』 『生きて行って欲しい』 という言葉の意味だったのではないかと 今そう思っています。 人の言葉の意味って 時の流れによって 意味が変わるのではないかと思うんです。 だから例え 人から言われた言葉に その時傷ついてしまっても 時間が経てば 自分を応援してくれる言葉の意味に 変化し感じれたりもすると思うんです。 自分が成長する時の流れ 大切にしたいですね。。。 ピアサポーター さっかん 皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 今回のブログの内容は 僕ね実は物凄く寂しがり屋なんですね。 だから仕事が休みの時は 友人と会って楽しく買い物したり スタバに行って 一緒にコーヒーでも飲みながら 時間を忘れるぐらい 沢山お話ししたい気持ちがいつもあります。 でも 大切な友人とお話した時に 僕の些細な言葉で もし友人を傷付けてしまったらと考えると 怖くてやっぱり一人で過ごそうと思ってしまう。 そんな気持ちが交錯しながら これから先の人生の過ごし方を 少し考えてみたのでお話してみようと思います。 さぁ今回もやすらぎのお部屋ですよ。 どうぞよろしくお願いいたします。 第87回目 『あの頃幸せだったなぁ だから今寂しくないよ』 この間家族で食事をしていた時 僕が少し冗談を言ったら 両親が笑ってくれてその場が和んだ。 その時思った。 いくら面白い冗談を思いついてお話ししたくても 聞いてくれる人がいないと 楽しくはなれない。 その事に少し近い話で 昔有名なTVドラマの 『白い巨塔』で主人公の人が言っていたセリフ 「ド田舎で真実を話しても」 「誰も聞いてくれないぞ」と 『話を聞いてくれる人』 つまり人との会話は 人間が生きていく中で 大切ななくてはならない 大事な幸せになる為の手段の一つ だからピアサポーターは僕にとって 大切な仕事です。 僕は後どれくらい 生きていられるか分からないけど 僕は結婚もしていないし子供ももちろんいない。 友人も僕が音楽の道を選んだ時に 多くの友人が離れていってしまった。 だから老後の事を考えるとホントに寂しいよ。。。 この先の老後 たとえ辛い事があっても励ましてくれるや 楽しい事があって 一緒に喜びを分かち合える人もいない なんてそんな話を聞いてくれる人が いなくなってしまったら僕は。。。 でも。 その寂しさを少しでも 和らげる方法を一つ考えたんです。 その方法とは。 今のこの時のこの瞬間の人生を 大切にして人に優しく接して 「ありがとう」という言葉を大事に それを積み重ねて楽しく生きて行く。 老後の人生が訪れた時 その幸せだった過去の出来事を思い出し その余韻で日々心を満たし 寂しさを忘れる そして優しい気持ちになって人生を送る。 今の僕にはその方法しか思いつかないよ。。。 ピアサポーター さっかん 皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 今回のブログは 生き物にとってなくてはならないもの 『愛情』について 僕なりに一生懸命に考えた想いを お話してみたいと思います。 この『愛情』という テーマに答えはありませんが 今の僕の気持ちをお話しますね。 今回もどうぞよろしくお願いいたします。 第86回目 『愛情が貰えなかったら 愛情をそそげる人になれば良い』 僕はこんな事を思うんです。 僕はワンちゃんや猫ちゃんなど 動物が凄く好きです。 今でも ワンちゃんや猫ちゃんを飼いたいけれど お金の事や色んな事情でなかなか飼えない。 最近ネットやTV等で 虐待を受けた ワンちゃんや猫ちゃんの様子を 見る機会があるのですが 凄く人間におびえたり そして攻撃的になったりしてしまう 光景を見ると凄く心が痛み悲しくなります。 そして思うのがこれは 人間同士でもあると思うんです。 両親に虐待を受けたり 大切な『愛情』を何かの事情で そそいで貰う事が出来なかったり 心が辛く悲しい思いをした そんな子供達は全員とは言いませんが 大きくなった時に 非行に走ってしまったりする事もあると思います。 『愛情』 これは多くを貰うと とてつもない『力』となって 人間の成長に凄く影響をすると思うんです。 でも逆に 『愛情』が貰えなかったり 間違った情を受けると人は 人生の迷い子になってしまうんじゃないかと思うんです。 でもね。 こんな事を思うんです。 たとえ人は愛情を貰えなくても そこから人は悩み考え 『愛情』を作る事が出来て 人に『愛情』を与える事が 出来るようになるんじゃないかと 自分は大切な人から『愛情』を貰えなかった。 でも 『愛情』の大切さを 自分の人生で学び誰よりも理解して 自分で考えそして人に 『愛』をそそげる人になれると信じています。 だから人生大きな失敗をたとえしてしまっても 人はそこから多くを学びやり直せる。 皆さん。一緒に頑張りましょうね😊 ピアサポーター さっかん 皆さん😊
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所 マーベルのピアサポーターの さっかんです。 今回のブログは いつもより少し短い文章ですが その短い文章の中には 皆さんへ 僕からの大切なメッセージが 沢山詰まっていますので 是非最後まで読んで欲しいです。 さぁ今回もやすらぎのお部屋ですよ。 どうぞよろしくお願いいたします。 第85回目 『夢を叶えられた人たちからの たくさんのエール』 この間2025年9月14日のボクシングの 井上尚弥選手と ムロジョンアフマダリエフ選手との 試合を観てホントに感動しました。 実力がある者同士 お互いにリスペクトの気持ちを持ち合い それぞれのこれからの プロボクサーの道のりをかけての戦い ホントに心が打たれました。 その感動が僕のこれからの人生に 大きな勇気を貰いました。 そして思ったんです。 この素晴らしい試合を観れた事は 自分が今病気もだいぶ回復できて 両親のおかげで家も有りTVも有り そして井上尚弥選手の存在は勿論 色んな人の支えもあり 色んな奇跡が巡り合い重なり合い この一つの試合を観れて 僕も含め沢山の人達を 勇気づけてくれた事は心から感謝したい。 今僕は生きている。 これから先 幸せになれるかどうかは自分次第。 この井上尚弥選手の試合や MLBで活躍している大谷翔平選手や 夢を叶えられた人たちが 沢山の勇気をいつも 自分たちに届けてくれているのに 僕は今までそのエールに 気付けなかった。 だからこれからは怖くても辛くても 一歩前に進む事を 頑張ってみようと思います。 ピアサポーター さっかん 皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 人は頑張らないといけないんだと 日々強く思い過ぎてしまって 自分の心と体のバランスが 崩れてしまう事ってあると思うんです。 そんな事を最近感じて 少し自分の気付いた思いをお話してみようと思います。 参考にならないかもしれませんが もしよかったら最後まで読んでみて下さいね。 第84回目 『今も昔も』 今思い返せば学生時代僕は よく背伸びをしていました。 ギターを一生懸命に練習して 僕は周りの人達とは違うように見られたい。 好きな女の子に振り向いて欲しいって。。。 20代30代の頃にその事を思い返すと 恥ずかしかったけど 今思い返すと可愛くも思える。 人間頑張って生きて大人になると 皆人生の先生になると思うんです。 僕も友人から 「どうやって病気を乗り越えたの?」とか 「日々辛い時にどう対処してるの?」とか 尋ねられる事があります。 こんな僕でも必死に生きて来た経験があります。 小さな事かもしれないけど 人にアドバイスをする事もあります。 大人になると責任もあるし 生きて行く事は大変だけど 小さな子供たちにとっては 人生の先輩そして先生になるし 先生になったからには 頑張って生きなければいけない そう思うと今も僕は 背伸びをしているのかもしれない。 人様に恥じない生き方をしないといけない。 子供たちに幸せに生きる為の 道しるべにならないといけないと。 もしかしたら日々の生活が辛く感じるのは 背伸びをし過ぎて疲れてしまうから ではないだろうかと思う時もあります。 だからこれからの人生は つま先を立てて背伸びをするのではなく ちゃんと両足を地面につけて ちゃんと前を向いて歩くようにして生きたら 日々少しは気が楽になるのかもしれない。。。 でも きっと僕はまた背伸びをしてしまうと思う。 もうそれ自体が 自分の生き方に なってしまっているのかもしれないですね。 それが正しいのかは分からないですが・・・ ピアサポーター さっかん 皆さん。
お疲れ様です。 就労継続支援B型事業所マーベルの ピアサポーターさっかんです。 僕はあと数ヶ月で50歳になります。 今振り返ってみると ホントに色んな事がありました。 それに僕はこの先 もう結婚をする事も 恋愛をする事もおそらく無いと思います。 その中で 僕の人生最後の大切な人との思い出を 少しお話したいと思います。 このお話をする事で 皆さんがこういう恋愛もあるのかぁ。。。と 感じて頂きこれからの人生に 少しでも前を向けれるキッカケを 見付けて欲しいと思いお話したいと思います。 さぁ僕の人生最後の恋まで 少しタイムスリップしましょう。 よろしくお願いします。😊 第83回目 『大切な人を一途に想う気持ち』 昔僕が25歳の時に 5歳下のある一人の女性に恋をしました。 そして相手の女性の方も嬉しい事に 同じ気持ちになってくれてお付き合いをしました。 その女性の方も病名は違いますが 病をわずらっておられた人でした。 僕は医者では無いのですが 僕なりに一生懸命に精一杯に その女性の病を 少しでも良くなって欲しいと願い行動して来ました。 それに その時の僕の気持ちは 結婚とかは考えていなかったけれど その素敵な女性を 人生最後の彼女にしようと思っていました。 その気持ちをその人に伝えたら その人は 「お願いだから」 「私を最後の彼女なんて言わないで欲しい」 と言われました。 きっとその彼女は 『これから先』 『あなたが私なんかよりもっと素敵な人を見付けて』 『幸せになって欲しい』 と思って言ってくれたのだと思うんです。 なぜ僕がそう思ったのかは もし立場が逆だったら きっと僕も同じ事を言ったかもしれないと 思ったからです。 人というのは不思議だなぁ。。。 人生を歩んでて素敵な人に出会うと 自分の幸せを捨ててもその人の幸せを願う。 決して自分というものを粗末にするという訳ではなく その相手の幸せを深く深く願う気持ち。 その素敵な人に出会えた事ホントに幸せでした。 今でも心の中に大事な想い出として 僕の中で生きています。 ホントに僕は幸せ者です。 ありがとうね。。。 ピアサポーター さっかん |
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